立川市立第八小学校
                Tachikawa Daihachi Elementary School
 
学校概要

■ 学校の名称


 立川市立第八小学校
(たちかわしりつ だいはちしょうがっこう)


■ 校章

  

■ 校歌


 

 


 
職員配置・児童生徒数
 職員配置(平成29年4月1日現在)


 校 長 1名 
 副校長1名 
 教 員26名 
 事務職員3名 
 用務主事2名 
 栄養士・給食調理員5名 



   児童生徒数(平成29年4月6日現在)


 1学年68名 
 2学年79 
 3学年71名 
 4学年72名 
 5学年60名 
 6学年59名 
 合 計409名 

 
沿革

明治の時代

   
明治5年砂川八番に共同学舎、砂川五番に官許教場ができました。
明治7年共同学舎が神奈川県東砂川学校となりました。 
官許教場が神奈川県中砂川学校となりました。 
明治33年東砂川学校と中砂川学校がいっしょになって、砂川尋常小学校となりました。 
場所は五日市街道の北がわあたりでした。 
高等科(1,2年)を作り、砂川尋常高等小学校となりました。(高等科は義務教育ではなかった。) 
明治34年開校式(2月15日)をしました。


大正の時代

大正12年関東大震災


昭和の時代

昭和4年理科室が火事。校舎が全部焼けてしまいました。(3月から7月まで地域の農家に分散学習)
同じ年、新しい校舎ができました。 
昭和14年校舎の東がわに井戸をほり、飲み水手洗いが便利になりました。 
昭和16年学校の名前が砂川国民学校とかわりました。 
昭和20年戦争のため、校舎が全部焼けてしまいました。(4月24日)
同じ年、戦争が終わり、兵舎であった今の場所で勉強をはじめました。 
昭和22年学校の名前が東京都北多摩郡砂川小学校とかわりました。
昭和23年3つの教室が燃えてしまい、村の講堂を3年生の教室としました。
昭和25年木造の新しい校舎ができました。
昭和29年学校の名前が砂川町立砂川小学校とかわりました。
昭和34年砂川町のプールとして、今の大プールができました。
昭和36年砂川小学校校歌ができました。
昭和38年砂川町が立川市といっしょになり、 
学校の名前が立川市立砂川第一小学校とかわりました。
同じ年、ミルク給食がはじまりました。 
昭和39年分校(今の十小)ができました。
同じ年、校舎が建て直され、ミルク給食がまたはじまりました。 
昭和40年特別教室ができました。 
同じ年、学校の名前が立川市立第八小学校とかわりました。 
昭和41年第十小学校・けやき台小学校ができ、学区域がかわりました。 
昭和42年防音校舎(今の校舎)ができあがり、完全給食がはじまりました。
昭和45年小プールができました。
同じ年、南砂小学校ができ、学区域がかわりました。 
昭和46年同じ年、幸小学校・若葉小学校ができ、学区域がかわりました。
昭和51年新しい体育館ができました。
昭和54年西通用門ができる。
昭和56年開校八十周年、記念誌をつくる 
児童数1200人弱、28学級で、松中小学校と共に、多摩地区でも大きな学校でした。全校朝会の時は、朝礼台上で、
頭を左右に大きく回さないと、端に並んでいる高学年の子どもの姿が視野に入ってきませんでした。 
昭和57年東京都教育委員会より健康努力校として表彰される。 
東京都学校保健会より健康優良校として表彰される。 
昭和59年校舎内外(前教室)のかべをきれいにする。 
花壇をなおす。 
昭和60年夜間機械警備になる。
昭和61年洋式トイレになおす。 
飼育小屋をなおす。 
昭和62年旧理科室をなおす。 
学級園をなおす。 
造形砂場をつくる。 
昭和63年校庭西、南のへいを生け垣にかえる。 
八小学区交通安全推進大会が開かれる。 
木彫校歌を体育館に掲示する。 



 

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